社員への事業承継、株式も必ず承継しよう
中小企業の社長の中には、社員に会社を継いでもらいたいと考えている人が沢山います。しかし、しばしば次の難問が待ち受けています。
① 株式の価格が高すぎて、後継者となる社員が買えない
② 社員にとって、会社の債務に対する債務保証を行うことが難しい
この二つを解決せずに社員に会社を継がせるのはやめたほうがよいでしょう。
社長が社員に会社を継がせたいと考えるのは、身内に適任者が見つからないからだと思います。いずれは孫に継がせたいと思い、それまでの中継ぎとして社員に一時的に任せるケースは、以下の議論から外れます。身内に大政奉還しないという覚悟のもとでの社員への引継ぎについて考えます。
社員のAさんが株式を保有せずに社長になった場合、どのような問題が起きるか考えてみましょう。
前社長が生きている間は、前社長が株主、Aさんが社長という関係が続きます。この状態がいつまでも続くなら安心です。お互いに信頼関係もあるでしょう。Aさんは、前社長の応援を受けながら経営に当たります。万一Aさんの経営に不安が生じたら、前社長が復帰することもできます。
前社長には寿命があります。前社長が亡くなられたらどうなるでしょうか。前社長の持株は、前社長のご家族(相続人)に相続されます。ご家族の方々は、会社のことをよくご存じないと思われます。仮にご存知だとしても、社長にふさわしくないと前社長が考え、社員を社長にしたのだと思われます。ところが、ご家族は株式を保有することになりますので、社長(取締役)を選ぶ権利を手にします。社長をやりたいと思えば、Aさんを退け、社長になることができます。Aさんにそのまま社長をやってもらおうと判断した場合は、Aさんは社長を続けることができますが、業績が不安定になり配当を支払えなくなると、Aさんへの不信が生まれるでしょう。Aさんとご家族(相続人)との関係は、前社長との関係のようにはいきません。
また、前社長が亡くなると、相続人には、相続した資産に対する相続税が発生します。非上場会社の株式については、相続税評価額で評価され、株価に応じた相続税の支払い義務が生じます。自ら経営する会社の株式を相続するために相続税を支払うのは当然です。しかし、身内に社長になれる人が見当たらず、Aさんが社長をしている会社の株を相続し、なぜ相続税を支払うのか? と考えるのも納得できます。相続税額が1千万円以上にもなると首を傾げることになるでしょう。経営に関わらない会社の株式など、相続するよりも売りたいと思うのは自然でしょう。
相続人が株式を他に売却すると、Aさんは社長から外される可能性が出てきます。結局、この時点で、Aさんに会社を引き継がせたいと思っていた前社長の思いは、絶たれてしまいます。
次に債務保証の問題です。中小企業といえども、数億円の借入があるのは珍しくありません。中小企業の社長の多くは、会社の借入に対して債務保証しています。しかし、社員のAさんが社長になるからといって前社長と同じように億円単位の債務保証できるでしょうか。
Aさんにとって社長に指名されるのは名誉なことでしょう。しかし、債務保証も引き受けるのは、容易ではないと思われます。まず、前社長に比べてAさんの個人資産の形成が十分ではないと思われます。社員の給与だけで、億円単位の個人資産を形成するのは難しいでしょう。そうした背景もあって、Aさんのご家族が反対することになります。債務保証を求められても、Aさんは応じられないとすると、前社長またはそのご家族が債務保証を継続するほかありません。
Aさんが社長である会社の債務保証を、前社長のご家族が続けていくのも、やはり難しいといわざるを得ません。会社の業績が悪化した場合、そのご家族に負担がかかります。Aさんの経営責任であっても、前社長のご家族が債務を弁済しなければなりません。
以上の通り、①と②の問題を解決せずに従業員へ引継ぐことはありえないのです。
この二つの問題をどのように解決するかについて、後日提案したいと思います。(田中)